ちらかりほうだい。中身はない。

とっ散らかりながら、すきなものはすきとエモる場所(稀におかん)

暇を持て余した乱文

 

 

今更なことを、ボソボソと考えてて見たりしている。

多分随時増える。

 

嵐といえば、かつて「サブカルが過ぎる」と揶揄されてたりするほどに。

何を世に出すかというものは、世間の流行りや世界の流れも見つつも「でも今の嵐はこれじゃね?」的に内向きであった気がしていた。

 

作家陣においては所謂、私の世代で言うwith t のように、この人に書いて貰えばヒットするよね!ってビッグネームに曲提供をお願いするというよりは、へぇ‥スウェーデンの‥あ、スコットランドの?あ、有名なかたなんだぁ‥って事が断然多かった。

なので、クレジットをみても脳がまったくその作家さんを記憶していない(個人の能力別)

 

そんな中、米津玄師‥スガシカオ山下達郎なんて名前はガッツリと印象に残ってきた。

不思議なもので、それは割と「曲提供」というだけにならず「米津玄師と嵐がコラボした」という形で届いていたように思う。

嵐を表現するために、日本の著名な方から曲をもらうというよりか、嵐であるとこととその曲を歌う事が同列で並んでいるような。

伝わるだろうか。

 

なので、嵐が世界を見て動き出した時。

特にRebornシリーズが出始めた時。

J-popを連れてくよ!と高らかに歌った「turning up」の回答が示された気がしてワクワクしていた。

嵐のJ-popを“伝わりやすく”そして“今の自分達に合うメッセージ”へとブラッシュアップしてみせた。

そのJがアポ取りまくってたRebornシリーズのプロデューサー達は、ヤバいくらいすごい人たちだ。

名前だけ聞いてもまったくピンとこなくとも、調べてみたら、はぁ?!って皆様とお仕事なさる方々だ。

日本で言うなら(私の世代)、小室哲哉秋元康つんくも呼んじゃった!ぐらいだろう(想像)

 

不思議だった。

 

サブカルが過ぎる人たちが、著名な手を‥言葉はよろしくないが手当たり次第‥?くらいに広げてるようで。

 

Japonismをあれだけのレベルで作り上げた人たちだ。

これが嵐なんですよ?と解禁したらば、じわじわと、ゆっくりとでもある層には広がっていったんじゃないかなと思う。

見て!と広げなくとも、見つかったと思う。

 

例えばインスタのように俺の店、寄ってく?といわれたら、ただただ吸い込まれてくだろう姿しか見えない。

で、呼んどいてほったかされて酒すらセルフサービスな世界しか見えない(でも奥でめちゃうまいの食べさせようと、鍋作ってる)

だから少し‥らしくない、気がする‥と思っていた。

 

でもさ。

 

嵐は世界相手に、何か一点どすんと一つきっかけを作りたかったんだなぁと、今なら思う。

 

扉を開けて、見てってよってゆっくり構える時間はなかったんだから。

できる手段、持てるツテ、可能な限り広げて何か一つ、J-popをスキヤキから更新していって、道を繋げようとしたんだろうなと。

自分達だけじゃなく、後輩達のためにも。

僕らがつないでく、から。

 

なんの根拠もないけれど。

私、BTSのdynamiteとDo you‥?は同じ系譜だと思うんだ。

 

キャリアもあるグループが、ガチガチにキメるんじゃなくて、肩の力抜いて、なんならちょっとダサくもある。

けど、その余裕のある感じが色気になる。

更に、その香りがこっくりしてるのに爽やかっていう絶妙なバランス。

完熟のマンゴーのような。

 

グラミーノミネートのdynamiteは、k-popを代表する曲になると思う。

と、言うかもはやその壁は曖昧な気がする。今の音楽シーンに、KとかJとかアジアン、アイリッシュ、ブリティッシュ‥なんて、もはや出身地にしかならなくなってるかもしれない。

というか、私の大好きなサヴェージガーデンだって、オーストラリアから世界にって言われたけど、ユニットのダニエルはイギリス出身だ。

もっというと、ヴォーカルのダレンは高校生の私を秒で射抜く美貌と声をもってて、まもなく割とさっと結婚した。かと思ったら、のちに同性婚してる。

音楽と作る人にも、そこになんかの区切りや境目はもう存在しないんだよ。

 

逸れた。

 

 

つまり嵐が、これぞ嵐と銘打ちリードにした曲は、ちゃんと世界水準じゃん、って。

 

2020注目!なアーティストの曲を聴くと、いわゆるシティポップと呼ばれるものがやっぱ多くて、Vaundyしかり華やかと気怠さを同居させたものが目立つ気がする。

または、ヨルシカのようにほんのり御伽草子を感じるファンタジーでPOPな世界。YOASOBIもか。いつも混ざる、ここ。

 

もうなんの話かわからないけど。

 

時間に制限があったから、世界に打って出たのだと思う。

で、時間に限りがあったから、持てる最短で最大ルートを活用したのだと思う。

その先にブルーノマーズがいるとか、もうやっぱ只者ではない。

嵐の音楽をサブスク解禁したことは、とはいえ世界にうつためだけではない。

Jの言う通り、CD時代とともに無くならせたくないから。

塩化ビニールの盤の寿命は20年と聞く。

デビュー曲の盤が、劣化し始めるのもいまだ。

っていうか、8インチが聴ける環境もほぼ消えつつある。

嵐の音楽が、「環境に伴わず世から消える」なんて私だって嫌だ。

 

JPOPを連れてと歌うけど、たしかにその代表選手でもあるけれど。

彼らが連れてった「ARASHI」は、やっぱり嵐だったと思う。

Rebornにこもったメッセージは、英語詞だけど、「ずっと応援してたからわかる」もので埋め尽くされてたし(もちろん、世界にいるだろうファンへも)。

 

さて。

寂しいなんて思う間もないくらいに寂しくて。

ただ、毎日を生きていれば与えられた「姿」を、過去から探して見つけて、好きだなぁと思う度に遠いなぁとメンタル豆腐にしながら、その時の思い出も蘇って来たり。 

覚えてるよ。 

LOVEのフラゲ日は雨だったよ。 

初めてhitを聞いた時、雨降ってたから、震えたよ。泡の消えそうなグラスの中にいるみたいだったよ。

デジコンなんて、諸事情で肉眼で焼き付けたからね。

 

智に会いたいなぁと、思う。

けど、射手座占いによると、とても今充実してるみたいだし。こんなご時世だけど、縛られない生活はきっと心を守るだろうし。

あなたが幸せであれと願う人が私の周りにもたくさんいるから、泣きながらでも会えなくなっても、あなたの幸せだけを祈る人がいっぱいいるから。

心強いでございます。

 

そう。多分この立ち位置は寮母。

あまりにも生粋の射手座だから、ついつい重ねてホッとしてしまう、オカンのようで違う謎の生き物。世話を焼きたいと、ヤキモキしてる近所のおばさんだ。

 

嵐は休止した。

多分、智さんの中では「終えた」

 

いつか、またね。

と言った顔を思い出す度、不思議とあの白い衣装とのチグハグな印象を思い出す。

あの瞬間、多分個の顔だった気がしてる。

大野智を見て来て、初めて衣装似合ってないと思った。あの一瞬。

 

そのあとの後ろ姿は、恐ろしいほど綺麗でたまらなかったのに。

 

足元でパグちゃんが吠えてるだろうか。

急にずっとそばにいる主にパグちゃん狂喜乱舞じゃないだろうか。

いや、主に似たならそっと別の部屋で寝ちゃうだろうか。自分の好きなことやりに。

 

足だけでも、指先だけでも、なんなら彼発信の彼の様子を見れたなら、影でも鍋でもランタンでも十分なんだけれど。

 

それがないってことは、彼が普通に日常を過ごしてるってことだろうと思うから。

まぁ、いっか。