ここ数年、秋にアルバム、秋から冬のツアーが一年のながれになって来ておりまして。
冬の曲、ってのちらっほらアルバムにも入るようになっていて。
イコールで雪だとかクリスマスの演出も、ある中で。
untitledのすごいなぁ、とおもったところが
Prayの位置付け。
(雪降らせながら、比喩と化す。何このダブルなかんじ。)
アルバムでも、prayと光はセットだろうなって感覚があったからそこに違和感はなかったのだけども。
なんせ、抱擁の後に聞いていたもんだから、「あぁ、あの2人は別れちゃったのか‥」って認識の曲だったんすよね。
Hit the floorからの抱擁なイメージ抱いてたもんだからなおのこと。で、そのあとの「光」「彼方へ」で、おいおい何か立ち直りはやーい!しかも超前向きやん。
って興奮状態でsong for youを迎える涙腺爆破されたみたいな流れを非常に心地よく思っていたのですよ。
あ、アルバムの方の話ですよ?
だから、ライブのuntitledにおいてのPrayの位置付けが、まさかの「弱気ゾーンの突入歌」ってのに最初呆然としました。
恋人の別れ、じゃなくなってしまって
ファンと嵐に変わってる。
歌詞がイコールで嵐の言葉だとは思わない。
が、意思は含まれることもあると思う。
って思ってるもので、
Green right、Attack itや風雲でガンガンに、
俺らすげーからな!
振り落とされんなよ!
信号青だかんな!!
って煽りに煽って、ファンががっつり付いてきたらば、
そこから
出会い
ってジャンクション入れてきて、コンビ曲挟んで
愛
散々に甘ったるい世界に浸らせてくれちゃって、なんならsugar呼びまでされた挙句に、抱擁されるし、びたーすいーつやなぁぁぁとかまでいわれちゃったと思ったら
すこん、と別れる。
なんかね。
untitledは嵐のこれまでを、一つのnovelとして書き綴ったものなんだろうな、と思うのですよ。
と、なると。
ものすごく贅沢な勘違いをするのならば、嵐の物語の“別れ”の一つには、ファンがいるんだろうなぁと。
君と僕の風景ではないですが、untitledの全体で描かれてるものは、嵐からファンへのnovelなんだなぁって、やっとわかった気がするのがこのprayと光のゾーンでした。
白い衣装で“別れ”のあとで歌う「祈り」。
別れてしまった恋人への想いを馳せる歌だろうと思うのでしょう、本来。
けど、この流れで聞くと、智が歌う
♬全部受け止めるって
の辺りには、ちょっともうある意味ではそんふぉゆ以上に、本音の吐露に思えてしまう。
嵐が動いてきたこれまで、順調な時だけではなかったじゃないですか。
いろんな事があって、でもそれを踏みしめて受け入れてきたんだなって。
でも無理なことは無理で、泣くことも捨てることもあったんだろうなと。
ファンってものが、良く作用するばかりでもなかっただろう。
いつでも気を緩められなくて、痛みを超えるほどの情熱を“止まないで”って歌う姿に、
あれ‥
なんか‥
初めてじゃないのか。
(私比)
嵐のこんな弱気ゾーン。
って、胸が詰まるんですよ。
抱擁の2人、別れちまったかーヾ(=д= ;)
からの変化に、この曲順の妙に。
奥歯を噛むような、泣いちゃダメだろ受け止めるやつだろ、だってあっちはずっと受け入れてきてくれたんじゃんかって、くるやつでした。
演出もすごく物語的。
雪が降る夜空のような会場と、光の中とぼとぼとした感じで街並みを歩くそれぞれが、すれ違って立ち止まって。
5人集まったときには、窓に光が灯っていて。
なんだか、そこに一つ一つの物語が詰まっていて。それを背に歌う5人ってのがまたこれ。
深みがすごいなぁ‥って静かな涙なんですよ。
だから、光はもう救いの曲でした。
夜から朝へ、雪を溶かしていった
冒頭♬恐れずに顔上げて ですから。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ってなるんですよね。
なんというか、嵐や!って。
Prayで言った弱気なこと、全部スコーン!とぶっ飛ばして、いこうよ!光の方に!
って手を伸ばしてくれちゃうんだから、
あぁ、嵐だわ‥
って。
しかもそれをゴスペル調で、ステンドグラス背負ってだよ?
智の踊りは祭事のようだと言いましたけども、
こんな大きなテーマを両手広げて歌う事ができるのなんで、そうそういないと思うんですよ。
救いの方法を説いてるようなもんすから。
宮城の時にも思ったんですけども、
5人いる強さってのを見せた場面だったなぁと。
で。
ちょっとしんみりしてるところに。
チェケラ!
ってくる小気味良さ。
そしてその曲のタイトルが
君のために僕がいる
こんなnovel、最高じゃないっすか?
とりあえずここまで、
以上