ちらかりほうだい。中身はない。

とっ散らかりながら、すきなものはすきとエモる場所(稀におかん)

君が愛を語れ 忍びの国地上波放送イエイ

 

 

4/2 忍びの国が地上放送ですって!!

 

このニュースで、小躍りするのは

大野智の本気が茶の間に届く

という事実についてと

惚れに惚れた作品が、ザッピングしてたら偶然に「‥見ちゃった。」な出会いを生むだろう地上波で放送され事へのむず痒さ。

 

2016、年男だから

と働きに働いた智の詰め込み具合はすごかった。

2008の魔王期のように、隙間を与えないその仕事っぷりは狂気じみてた。

 

それが作品として世に届いた2017の忍びの国フィーバーは今でも浮き足立つくらいの祭りだった。

あんなに映画館に行く日を、指折り待ったことは他にない。

今週行けねぇじゃねぇか‥ぐぬぬ!となって、帰省先で義父まで巻き込んで車飛ばしてもらったくらいだ。

嫁が義父を映画に誘うなんぞ、初めてのことだった。

なんなら、この度札幌に共に行く友とのひっさびさの再会も忍びの国の舞台挨拶のパブリックビューイングだった。

 

智の本気は、私の「こんなの初めて‥」をしれっといくつも生んでもうたのだ。

 

忍びの国のどこがどう素晴らしいか。

それはもう、語り尽くされているし語彙投げ捨てて「たまらん」としか言えない私にしたら、数々のブログやツイートに、それな?っていいねする事ぐらいしかできないが。

 

先日、唐突にぐわっときてしまったのてメモる。

 

https://youtu.be/nIUd0GFPc3Q

 

ASKAの「君が愛を語れ」

チャゲアスは私が生まれて初めて、メロディを美しいと思った人達だった。

 

ASKAの曲メロディがもう美。そこに夏目漱石ばりに(アイラブユー→月が綺麗ですね っていうセンス)歌詞が詩的にのる。

 

こどものときには、言葉の流れが綺麗だなーぐらいにしか思わなかったのに、大人になってかいかにとんでもない歌詞なのかがわかる気がしてる。

 

その中で(長い)

 

こないだ、ほろ酔いyoutubeの旅やってましたら不意に流れた「君が愛を語れ」。

 

これにぐわっとな。

 

なんでだか、無門とお国の様に思ったし、

無門とねずみの様にも思った。 

それから、今の不安だらけの気持ちと、2021年1月1日からどう生きてくのかってのに、妙にはまってしまって。 泣いた。

あと。

5人が想う嵐って、きっとこうなのだろうな

と。ぼんやりおもって、泣き止んだ。

 

 

 

嵐が止まったら。

嵐のファンです!大野智がすきです!

というのは、きっと負担なのだろうと思っていた。

 嵐にも私にも。

だから、なかったことのようにそこで私も止まらねばならんのだろうな、と思っていて。

 

2年の間にその覚悟と準備をするもんだと思ってた。

 

いくら翔さんが、休止中もファンでいてくれて嬉しいと言ってくれてたとしても。

 

 

だから

 

キスをするような気持ちでいい
心の勇気殴りつけて
もしも僕が倒れたならば

君が愛を語れ 

 

この歌詞に、美しさに

許されてるような気持ちになりました。

 

 

キスをするような気持ちで。

愛おしいものを、大切に大切に、

とても好きなのよ、と語ること

 

そんで、そのうちに

 

いつか寒い五線紙の中
動けなくなる未来を見て
もしも君が倒れたならば

愛が愛を語れ

 

愛が残るんだわ。

たぶん。

 

そういうとこ、無門みたいじゃない?

 

(今はシラフです。)

 

無門がお国のことを、ねずみに話して聞かせたとき。

お国はお前の母だ、と語る無門の顔はねずみにはどう見えたんだろなぁ。

 

多分見上げた横顔に、悲しさや後悔だけじゃない愛そのままも感じたのだろうなぁ

 

だからこそ、彼は

 

母は大層美しく、そして怖い人だったようです

 

と語ったのだし。

 

愛が愛を語れ、なのだろうな。

忍びの国って。